スマホなんかなかった時代。待ち合わせには「駅の伝言板」が利用されていました。
その駅(鉄道事業者)が管理し、一定の時間になると伝言は、駅員によって消去される仕組みだった1904年(明治37年)、東海道線の新橋駅をはじめとする8つの駅に、告知版という名称で設置されたのが発祥という説がある。
伝言を残す!
主に、「名前」と「時刻」、「場所」を明記して、待機していれば、出会うことができるということから、利用者が相次いだ。
一定の時刻になると出会ったとみなされ、伝言は駅員によって消去される仕組みになっている。
「先に行ってるよ~」とか、「もう帰ります!」など、携帯がない時代は、伝言板が大いに役立っていました。
伝言板にはドラマがあった・・・・
ポケットベルも携帯電話も無かった昭和では、誰かと待ち合わせる行為は、今ほど容易なものではなく、会えない不安を相手と共有した、そんな約束でした。
いわゆる黒板で出来た「伝言板」には、一定の時間が過ぎると消されてしまうメッセージが、切なげに並んでいました。
白いチョークで綴られた言葉たち、それぞれの言葉から物語が想像され、何とも言えない人生劇場が垣間見られたものでした。
野口五郎の歌に出てくる伝言板
野口五郎さんが歌ってヒットした、「私鉄沿線」(作詞:山上路夫/作曲:佐藤 寛)のなかに、♪伝言板に君のこと僕は書いて帰ります。思いでたずねもしかして、君がこの街に来るようで そんな歌詞がありましな。
伝言板と言えばシティーハンター!
街のトラブルシューターであるシティーハンターに仕事の依頼をする場合、どうすればいいのか?
それは駅の伝言板に「XYZ」という暗号と連絡先を書くというものであった。
携帯電話の普及とともに消える・・・・
その理由は携帯電話の普及に伴う利用減。末期にはいたずら書きしか見られなくなり、駅舎改装と共に議論もなく消えていったそうです。
また、小田急電鉄では「チョークの粉が不衛生」というクレームもあったとか。昭和の駅の風景はこうして姿を消したのだ。
伝言板(掲示板)の現在の様子
懐かしい駅の風景には欠かせない「伝言板」。実は今、都内ではほとんど見られない。
「地方の駅には残っているかもしれませんが、都心部の駅にはありません。00年代半ばまでには撤去されています」
『駅の伝言板』はもう遺物かと思いきや、名古屋の市営地下鉄ではどっこい生きています。名城線「八事日赤」駅でその存在は開業当時からあるとのことです。
昭和の時代、数々のドラマを見てきた伝言板。
携帯が普及したことや、必要性の有無で排除されてしまったのですが、今はその良さが見直され、あえて置くようにした駅もあるようです。
これがないとシティーハンターも働けないしね♪ みなさんの街の駅には伝言板まだありますか~?
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